キロク乃キオク

記録していても、その記録したことを記憶していなければ、それは記録になりません。

『キロク乃キオクがはじまるまで』

事の発端は、7月21日Code for Sapporoの古川さんから「来週7月27日、森町に行くけどいる?」との連絡があったところから始まります。
せっかく行くから、「なんか、お話をする会とかしちゃってもいいのよ」というありがたい提案を受けたことから、「じゃ、ハウモリメンバー集めて勉強会でも開催しちゃおうかな?」なんていうかるーい気持ちで考えていたところ、「川人さんと三島さんも来るよー」と追伸。

わわわ、Code for Sapporo大集合じゃんと思い直し、急遽イベント開催を決定。

急遽開催決定
ハウモリの軽いノリ+充実のゲスト陣による極めておもしろそうな内容
第1回人森一森(JIN-SHIN-ISSHIN)

こんな、ざっくりした感じでいいのかな〜なんて本当一瞬よぎりましたが、ハウモリメンバーで集まれれば楽しい会(懇親会)になりそうだから、「ま、いっか!」と持ち前のポジティブさで、森町の居酒屋「雅茶一(がちゃぴん)」さんで開催。
しかし、どうでしょう、蓋を開けてみたら、Code for Hakodateのみなさんも参加してくれたりで、総勢18人(これでも急遽来られなくなった人あり)の参加。(実はCode for Sapporoの鈴木さんまで登場で、界隈ではCfSの飲み会が森町で開催される!!なんて話があったりなかったり。)
シビックテック系のイベントで、人口比率で考えたらかなりなもんじゃない?

はなしは、若干それましたが、イベントでは川人さんのFixMyStreetJapanの話や、三島さんの活動やさっぽろ保育園マップの話、古川さんのGISな話など、田舎ではなかなか聞けない話を十分に堪能しておったのですが、古川さんの話の中ででてきたこれ。

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石川初さんの「時層写真」という洒落た遊び。

要するに、古写真を現在の風景に馴染ませて撮影をするというものなのですが、これに、魂を揺さぶられました。
この写真、僕たちが行っている「ウィキ町史プロジェクト」にぴったり。
僕らのウィキ町史プロジェクトの根底には「地域の歴史には、とても価値がある」と考えているところがあります。
にもかかわらず、地域の歴史資産、それは、市町村合併や、時間の流れによりどんどんと喪失されていきます。

なぜかといえば、記録していることを記憶している人がどんどんといなくなっている為です。

さらに面白かったのが、三島さんが言っていた「古写真なんて、それはもうよだれもんの情報がたくさん入っている」という話。
でも、古写真て、自宅のタンスの中に入っていても、「もう、整理してしまおうか」と捨てられてしまうこともしばしば。

古写真はオープンにすればもっと価値がでるし、保存もされる。逆にオープンじゃなきゃ捨てられる。
今の時代、スマートフォンなどで、いつでも写真を撮れる環境になったおかげで、いいのかわるいのか、「写真」は「画像」になってしまいました。「写真」は「画像」と違うんですよね。「写真」には想いが写り込んでいる。
その写真、「時層写真」にしたら洒落てるし、みんな見るし、捨てられず残せるかもしれない。さらに、その写真がオープンデータなら、どこかに残り続けるかもしれない。

こんな話を人森一森のイベント終了後の二次会でおっさん5人(失礼!)でして、盛り上がり、なにかに駆り立てられ、僕の揺さぶられた魂はその翌日には

キロキオスクリーンショット

こんな形のものを作り始めていました。

キロク乃キオク

全く興味がなかった「歴史」という分野に興味を持ち始めたきっかけ。特に、ウィキペディアタウンを始めたのは、「ばあちゃん」の痴呆がきっかけというのも大きいです。
ばあちゃんから「もう、昔話は聞けなくなる。」と思った感情が、ウィキペディアタウンになり、そしてそこから、ウィキ町史、ローカルウィキときましたが、ここで出会った時層写真。「これは来たな」と、直感。

町の歴史は残さないと、せっかくの先人の経験が、水の泡です。
残すには、オープンであることが一番です。

まずは、β版での公開を行います。
ソースとかは、素人が作っていますので、とても汚い感じですが、まとめて使い物になった時点で、すべてオープン化する考えです。
ぜひみなさん、一度ご覧ください。
そして、いろいろなアイデアお待ちしております。
一緒に、「心揺さぶられるオープンデータの活用方法」を考えて行きましょう。

キロク乃キオク